Risk Management
4月号
- 極端な冬天候がテキサスでのリスク危機を引き起こす
- サイバーインシデント対応における法的課題
- 社会リスクを理解して軽減する
社会の幅広い層に影響を与える新たなリスクの概念が世界的に注目されている。Social Risk(社会リスク)と呼ばれるものだ。サイバー攻撃や職場での安全事故、企業の不正行為、自然災害など特定の人や物に影響を及ぼす従来のリスクイベントとは異なり、社会リスクは人々の信念、感情、精神的健康、恐怖、不安といった心理状況によって引き起こされ、社会全体へと広がる。危機コミュニケーション会社の専門家が、その特徴と対処法を説明する。
社会リスクを理解して軽減する
ロバート・リュトケ
リスクと危機管理の実践は、1世紀以上にわたって企業や会社のDNAに組み込まれてきた。時が経つにつれ、企業は、財務、法務、業務であれ、自分たちが理解するリスクに慣れ、管理する能力を身につけてきた。また、そうしたリスクが認識され、それらが危機や混乱となるときには、リスクを管理することにも長けている。
しかし、組織は、社会リスクという新しい形のリスクにますます直面するようになっている。このリスクは、地域住民の活動と否定的な市民認識に起因する悪影響へ曝されること、定義することができる。言い換えれば、社会リスクとは、私たちの周りで起こっていることの表れであり、信念、感情、精神的健康、恐怖、不安といった、私たち一人一人の内側にあるものの影響によって引き起こされる。
社会リスクは、サイバー攻撃、職場の安全事故、企業の不正行為、自然災害などの従来のリスク事象とは異なり、地域住民に基づくという性質を持つ。従来のリスクは、特定の人々に影響を与えるものであったが、社会リスクは、社会の幅広い層に影響を与える。
社会リスクの5つの特徴
社会リスク・アドバイザー企業ENODOグローバルと名声・危機管理企業キス(Kith)による調査によって、社会リスクの5つの特徴が特定された。
- 人間性。 社会リスクは、個別の事象や事件によって顕在化することが多い従来型のリスクとは異なり、人間としての私たちの存在に基づいていて、経済的地位、社会的流動性、地域社会の環境、精神的健康などによって形成されている。
- 動態性。社会リスクは人々が出来事やアイデアにどのように反応するかによって形成され、それゆえ常に進化している。例えば、社会的スクとは、必ずしも蔓延する世界経済における社会経済的格差そのものではなく、その格差に対する地域住民の反応を指す。
- 分散性。 社会リスクは、今日の連結された社会からの副産物である。そうした社会では、ほぼすべての人が技術や、家族、友人、同僚、ソーシャルメディアのフォロワーなどのネットワークを通じて、発言力を増幅できる能力を持っている。
- 独自性。社会リスクは組織ごとに異なる。社会リスクは、人間が出来事やアイデアに有機的に反応することで形成されるため、同じような社会リスク事象はない。
- 拡大可能性。公開での会話を増幅させるソーシャルメディア・プラットフォームは、社会リスクを加速させるため、孤立したアイデアや会話がより広範な運動へと急速に拡大することがありうる。
実際に起きた社会リスク
1月下旬、以前より経営不振に陥っていたゲーム小売会社ゲームストップに対する無謀な投機が、株価を2週間で1,500%押し上げる事態を引き起こした。この高騰には、大口・小口の投資家、ヘッジファンド、消費者向け証券会社ロビンフッドのような取引プラットフォームなど、あらゆる市場関係者が参加した。ゲームストップの株価上昇は、まるで市場リスクの拡大のように扱われてきた。この事件を受けて、連邦政府規制当局や検察当局は、急激な上昇の背景に市場操作やその他の犯罪行為がなかったかどうかを調査することになった。
検察は絶対に不正行為を調査し、起訴しなければならないが、それは病気の治療法を模索するというよりも、対処療法に似ているかもしれない。ゲームストップ投資家の多くは、市場リスクや機会に対する見識によって動かされてはいなかった。同社の市場価値が、アップルやテスラに匹敵する日が来ると信じて投資した人は、誰もいなかった。むしろ、ゲームストップへの多くの投資家の行動は、社会リスクの兆候であった。社会の支配的な制度に反発する人々は、そうした制度が、もはや自分たちの役に立たないか、あるいは自分たちの利益に反して機能していると信じて、行動を起こしたのである。
外交問題評議会の経済学者であり、ワシントンポストのコラムニストでもあるセバスティアン・マラビーは、「ゲームストップの投機家たちは、単に1つの株に熱狂しているだけではない」と、書いている。「彼らの目的は、株価を公正価値に結びつけるトレーダーを破壊することにある」。本質的に彼らの行動は、社会リスクによって引き起こされ、それが市場リスクの引き金となったのである。
社会リスクを軽減するための提言
社会リスクが広範囲に浸透していることを考えると、どの企業も無縁だと考えるのは愚かである。あらゆる組織、機関、個人が次のターゲットになる可能性がある。とはいえ、リーダーたちは、社会リスクに備え、それが来ることを察知し、公衆の面前で繰り広げられる、真の危機になる前に対応するための手段を講じることができる。以下の5つの提言は、社会リスクを特定し、軽減するのに役立つ。
- 自分が何者であるか、何のために存在しているかを知る。自社の基本的価値観を理解し、その価値を尊重する指揮命令系統を確立することで、組織は社会リスクに迅速かつ明確に、そして自信を持って対応することができる。
- 多様なパートナーからなるエコシステムを構築する。多様なエコシステムは、社会リスクが脅威や危機として顕在化する前に、それを特定するのに役立つ「早期警戒システム」を構築する。そのためには、エコシステムとの真摯な対話が欠かせない。
- 尋ねる、言いつけない。社会リスク管理戦略を策定する際には、率直なフィードバックを得ることが、落とし穴を避け、信頼性を築くのに役立つ。パートナーを関与させることと同様に、この問題には、言いつけるのではなく、傾聴することで対処しなければならない。
- 常にコミュニケーションをとる。 社会リスクの時代には、コミュニケーションは情報を観衆に押しつけることではない。むしろ、対話を促進させるようにあらゆる側面でのコミュニケーション戦略を系統的に進めることである。
- 人間性を持って行動する。社会リスクは、尊重され感謝されなければならない人間の感情によって引き起こされる。これは、COVID-19の初期に、電動スクーターの共有化ビジネスを立ち上げたバード社が、ズームコールで400人の従業員を解雇したことと、バレンシア大学の管理者が40,000人の学生一人ひとりに確認のために電話をかけたことの違いである。
新しいアプローチ
社会リスクは、一企業、一政治機関、一指導者が阻止するには、あまりにも広範かつ多様である。企業は、事件や一連の出来事によって最も影響を受けた対象者に改心を伝える、「認め、謝罪し、行動する」という伝統的な危機手法に頼ることには十分注意しなければならない。社会リスクはあまりにも広範囲に及びすぎるため、それは使えない。
社会リスクに対処するには、事象ごとではなく、システム的な観点からその原因を見極める必要がある。その解決策は、貧困、不公平、パンデミックによる孤立、メンタルヘルス課題など、その原因と同じ社会レベルに焦点を当てなければならない。
しかし、経営者やリーダーは、社会リスクの存在を認識し、それが社会全体に影響を及ぼし、私たち全員が持つ認識や信念に起因するものであることを認識すれば、社会リスクの最悪の影響や企業評判への影響を軽減することができる。解決策を模索し、現状を変えることにコミットし、重要な観客やパートナーとの間により高度な共感を得ることによって、より効果的に社会リスクに対処することができる。
注意事項:本翻訳は“Understanding and Mitigating Social Risk”, Risk Management, April,
2021, pp10-11. をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ロバート・リュトケは危機コミュニケーション会社キスのシニアアドバイザー、RANE, Risk Assistance, Network+Exchangeの専門家ネットワークの一員。
- 暗号貨幣資産を保護する
- 企業は気候変動へと取り組む
- バーチャルなイベントで、リアルな進歩
- 実施されたストレス・テスト
- 多くの管理者は人材リスクを創り出している
- 地に着いたERM