Edit

Payment Support

吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

「リスクマネジメント特別セミナー」開催レポート 組織の成長を支える変革期のリスクマネジメント最前線――先駆者たちが語る「実践知」とは
2025-01-16

「リスクマネジメント特別セミナー」開催レポート

組織の成長を支える変革期のリスクマネジメント最前線
――先駆者たちが語る「実践知」とは

2024年12月6日、RIMS(*1)日本支部主催、デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社協賛による特別セミナー「Rethinking Risk Management: Elevating Risk to the Top of the Executive Agenda(リスクマネジメント特別セミナー ― リスクマネジメントを経営課題として捉えよ)」がDeloitte Tohmatsu Innovation Parkで開催されました。

本セミナーは、企業経営におけるリスクを回避すべきものではなく、持続的な成長を実現するための戦略的要素として位置づける上での取り組みや、企業価値向上に向けた実践的な知見を共有する目的で開催されました。当日は、宇宙飛行士の野口聡一氏による基調講演に加え、経営層と現場担当者がそれぞれの視点から捉えたリスクマネジメントのあり方などが、多角的に語られました。

*1 RIMS(Risk Management Society)。ニューヨークに本部を置く、1950年に設立されたリスクマネジメント専門家を会員とする非営利組織。世界80支部・20万人以上の会員を持つ。

※ 本ページの記載情報および登壇者の所属は、記事公開時点のものです。

特別セミナー基調講演

リスクゼロを目指さない選択
~現場判断の尊重と挑戦の重要性~

基調講演では、宇宙飛行士の野口聡一氏が「ミッション成功の鍵:宇宙環境でのリスクマネジメント」と題してオンライン登壇しました。野口氏は冒頭、「宇宙飛行におけるリスク管理の考え方と実践は、企業経営にも通じる部分が多々ある」と指摘。基本概念としてNASAが定義する「リスク」と「ハザード」の違いを説明した上で(「リスク」とは危険事象が発生する可能性とその影響度を指し、「ハザード」とは事故要因が存在する状態を指す)、宇宙開発におけるリスク対策を紹介しました。

同分野で特に重視しているのは、「物の故障防止(信頼性向上)」「人為的ミスの防止(ヒューマンエラーのコントロール)」「使用環境の緩和(防護壁の設置や運用制限など)」だと言います。しかし、これらを徹底しても「リスクゼロ」はあり得ず、リスクをいかに最小化して管理するかが重要なのだと野口氏は説きます。

また、リスク評価で特に注意すべき点として、「人が恐怖を感じた際の非論理的な判断」を挙げました。野口氏は「その場の現場判断が一番正しい。パニック状態での過度な慎重さや判断の先送りが、かえってリスクを増大させる可能性があるのです」と説明します。こうした状況に効果的に対処するためには、事前準備と明確な判断基準の設定、そして現場判断を尊重する組織文化の醸成が重要だと強調しました。

最後に野口氏は「船は港にいれば安全だが、それは船を造った目的ではない」という言葉を引用し、リスクを適切に評価・管理した上で、必要な挑戦をしていくことの重要性を強調しました。

Google Global Regulatory Assurance & Risk DirectorのMona Dange氏とDeloitte Digital Regulation Global LeadのNick Seeber氏続くセッションでは、Google Global Regulatory Assurance & Risk DirectorのMona Dange氏とDeloitte Digital Regulation Global LeadのNick Seeber氏が、「グローバル企業の守り方:デジタル規制が拡大を続ける環境下でのリスクマネジメント」をテーマにディスカッションを行いました。

EUの調査では、(EU加盟国)市民の約半数がデジタル技術の進展による生活の変化をメリットだと評価する一方、同程度の市民が新たなリスクへの懸念を示していると言います。Dange氏は「こうした状況下、デジタル規制のリスクマネジメントで特に注視すべき点は、『AI(人工知能)技術の急速な発展』『APAC地域での規制監視の強化』『サイバーセキュリティ脅威の増加』である」と指摘します。

特にAI技術分野では、複数の生成AIの登場を受け、これらをEU AI法(人工知能に関する統一的なルールを定める欧州議会および理事会規則)等の規制枠組みの中でどのように取り扱うかが焦点であると説明しました。

Dange氏は、Googleではソーシャルネットワークや政府機関と連携し、AIアプリケーションのリスクレベルや機微データの扱いについて議論を重ね、対応を進めていると説明します。またSeeber氏は、こうした規制への対応は人海戦術ではなく、規制要件の自動化・システム化によって効率的なリスクマネジメントを可能にすることも重要と指摘しました。

現場の知恵と経営の判断
~組織を強くする両輪のアプローチ~

リスクマネジメントの捉え方は「現場」と「経営者」では視点が異なります。「リスクマネジメントの実務の現場から」と題したパネルディスカッションには、楽天グループ株式会社リスク管理部長/CCO(チーフコンプライアンスオフィス)室長の海老谷成臣氏、三菱ケミカルグループ株式会社 ERM本部 ERM企画部部長の下川みずほ氏、花王株式会社 コーポレート戦略部門 危機管理・RC推進部長の静野聡仁氏が登壇。デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社パートナーの久保陽子がモデレーターを務める中、3社がそれぞれの取り組みを紹介しました。

元警察官という異色の経歴を持つ海老谷氏は、「リスクを完全にゼロにするのではなく、ビジネスと並走しながら適切にコントロールすることが重要」と語ります。また、リスクマネジメントの評価は時間と共に変化するため、「加点方式で成果を認め合うアプローチ」を提案。さらに、現場の判断を信頼し、事後批判を控えることで組織内の信頼関係を築くことが大切だと説きました。

三菱ケミカルグループの下川氏は、トップダウンとボトムアップを組み合わせたリスクマネジメントの有効性を説明しました。会社全体でリスクと向き合う文化を育むには、リスク主管部門と共に地道な取り組みを続け、成功体験を積み重ねることが重要だと指摘。同社でもこの考えを実践していると述べました。

花王の静野氏は、コンシューマービジネス企業として事業継続、社会課題対応、レピュテーションリスクを特に重視していると説明しました。また、事前対策の「リスクマネジメント」と危機発生時の「クライシスマネジメント」を意図的に分けて運営する体制を構築。この取り組みが、新型コロナウイルス感染症拡大時の迅速な対応を可能にしたと語りました。

3社が共通して強調したのは、リスクマネジメント部門の役割です。単なる規制役ではなく、ビジネスの成長を支援しながら適切なリスクコントロールを実現する「オーケストレーター」としての機能が求められると指摘。この役割を果たすには、現場との密接な連携と同時に、経営層がリスクマネジメントを「自分ごと」として捉えることが不可欠だと結論付けました。

最後のセッションには、Alpine Re CEO(最高経営責任者)のSteve Arora氏とRIMS日本支部 主任研究員の橘明日香が登壇。「リスクマネジメントの力 – CEOの視点から」と題し、対談を行いました。

複数のグローバル保険企業でリスクマネージャーやCEOを歴任したArora氏がまず、現代社会が直面するリスクを解説。世界は今、経済、環境、地政学、社会、技術という5つの主要リスクに直面しており、特に日本企業は地政学リスクを重視する傾向にあると言います。その中ではリスク環境が一層複雑化しており、リスクマネジメントの役割も変化していると指摘。グローバル企業ではCRO(最高リスク管理責任者)をCEOの直属の最高幹部に位置付けるべきだと提案します。「CROの役割は、リスクマネジメントを『防衛的な管理機能』から『事業成長を実現させる戦略的な推進力』へと進化させることにあります」。

また、Arora氏は新たな意思決定プロセスとして「リスクファースト」を提唱しました。これは投資家へのコミットメントとリスク許容度を先に定め、その範囲内で戦略を組み立てるアプローチです。その一方、経営者の強すぎる個人的な考えや偏りが組織に悪影響を及ぼす「パーソナリティリスク」には警鐘を鳴らしました。予測困難なリスクへの対応としては、極端なケースを想定したストレステストを実施すべきだとも説きます。なお、日本企業に対しては「リスクマネジメントの実効性を高めるため、時には『調和』を重視し過ぎない判断も必要です」とアドバイスし、対談を締めくくりました。

参加者からは「リスクマネジメントに従事する方々の具体的な経験や考え方を知り得る機会は貴重」「自社で健全なリスクカルチャーの醸成に取り組みたいが、短期ではなく中長期的な取り組みが必要と実感した」といった声が複数聞かれました。事業環境が急速に変化する今、組織をより良くしていくためには現場とトップの両方をリスクマネジメントの視点で支えていく必要があります。RIMS日本支部は今後も、互いの知見を共有し、学び合えるコミュニティを築いていくべく、こうしたイベントを定期的に開催してまいります。

SHARE