Risk Management
【Web特別版】
10月号
- 【Web特別版】 効果的なコンプライアンスプログラムを支える文化を監督する
- 【Web特別版】ウェブアクセシビリティ監査
ウェブアクセシビリティ監査
グレンダ・シムズ
ウェブアクセシビリティとは、障がい者などを含む、すべての人々がウェブサイトやモバイルアプリ、ウェブ上のコンテンツなどにアクセスできるようにデジタル製品を設計・開発することである。ウェブアクセシビリティが欠けている例としてよくあげられるのは、画像ファイルに「写真.jpeg」としかラベル付けされていないウェブサイトである。音声でページの内容を読み上げるソフトウェアを使用する視覚障がい者は、「写真 JPEG」と読み上げられても、その画像がどんなものなのか知りようがないからである。
意味のある画像には、すべて代替テキスト(または「alt属性」)が必要である。これにより、視覚障がい者は、その画像が何であるかだけでなく、その意味も理解できる。例えばマサチューセッツ州の3月のコロナウイルス感染者数が10%増加したことが示されたグラフがあるとする。この画像のよい代替テキストは、「マサチューセッツ州のコロナウイルス感染者数は3月に10%増加したことを示すグラフ」である。代替テキストに「マサチューセッツ州コロナ感染者数」としか書かれていなければ、グラフが伝える内容を十分に説明できていない。
視覚障がい、聴覚障がい、運動障がい、認知障がいのある人々が、サイトにアクセスできるようにするためには、多くの技術が利用可能である。また、コンプライアンス(法令順守)や法的リスクなども、アクセシビリティ改善の理由としてあげられる。セイファース・ショーの研究によれば、米国障がい者差別禁止法第3部に基づくウェブサイトのアクセシビリティに関する訴訟は、2020年に前年比12%増加した。日常生活において(特にコロナウイルス禍により)電子商取引やオンラインサービスへの依存度が高まっていることや、高齢化した人の必然的な障がいの増加によって、こうした訴訟が増えている。
サイトにアクセスできない状態を放置していると、多くの問題が起こる可能性がある。事後対応でアクセシビリティに対処するためのコストには、訴訟コスト、法的和解コスト、問題を実際に解決するためのコスト、ブランド価値の喪失などがあげられる。米ビジネス雑誌フォーチュン誌がまとめる米国トップ50社は、訴訟1件に平均35万ドルを費やしている。
ウェブアクセシビリティに疎い組織にとって、監査は問題を理解するための重要な出発点となる。訴訟を起こされた場合などには、特にそうなる。こうした監査はアクセシビリティの専門家が、ブラウザやオペレーティング・システム(OS)などが異なる各種の電子機器のさまざまな環境下で、ウェブサイトを自動的にチェックするツールを利用して行う検査と人間が手作業で行う検査を組み合わせて実施する。
組織も法的リスクを回避するためウェブアクセシビリティの確保を重視するようになってきている。以下に、アクセシビリティ監査に含めるべき事項の詳細、ならびに優れた監査報告書の作成手順と特徴を示す。
監査に盛り込むべき事項
アクセシビリティ監査は、さまざまなデジタル資産やサービスに適用できる。ウェブサイトばかりに焦点が当たっているが、デジタル資産には電子文書、映像、音声、特定のプラットフォーム用に開発されたモバイルアプリも含まれる。
しかしウェブから始めるのが常識的だろう。公開されていて、多くの人が閲覧するからである。監査の対象には、ブラウザやツールも含める必要がある。容易に想像できると思うが、多くの組み合わせが考えられる。
監査の効果を最大にする、最も一般的な使用シナリオ―例えば、NVDAスクリーンリーダーと、ブラウザにGoogle・Chromeを使っているWindowsパソコン―での監査を徹底して行うことが賢明である。これを監査の主要なプラットフォームとして使用すれば、アクセシビリティの問題の90%以上を捕捉できる。アクセシビリティの優れた専門家はさまざまなOSやツール、ブラウザの組み合わせをテストする能力と意欲を持っているが、費用対効果を考える必要がある。
テストするページ/画面を限定することも必要である。ウェブサイトがどういう状態かを完璧に把握するために、すべてのページを調べたいと思いがちだが、最初の監査ではショッピングカートに商品を追加したり、割引を適用したり、支払いしたりといった、利用者がそのサイトで最初にクリックする場所やよく利用される導線やページに限定して最も重要な流れをテストすることが戦略的な監査といえよう。ウェブサイトの主要な機能で重要なアクセシビリティの問題を特定し、修正することで、障がい者のユーザビリティを大幅に向上させることができる。
最後に、アクセシビリティ監査の基準を明確にすることも重要である。これは業界によっても異なるが、最も一般的で広く受け入れられている基準は、WCAGとして知られるウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドラインである。WCAGはWWC(World Wide Web Consortium)によって作成された、アクセスが容易なウェブベースのコンテンツを作成するための技術的ガイドラインで、世界中でアクセシビリティ要件の基盤として利用されている。現行バージョンのWCAG2.1は2018年6月にリリースされ、更新版(WCAG 2.2)は2021年冬までにリリースされる予定である。
WCAGでの達成基準は、A(基本適合)、AA(中間適合)、AAA(高度適合)の3つのレベルに分けられる。コンプライアンスのための推奨基準は、WCAG 2.1のAとAAの両方である。
レベルAは適合性での最低限のレベルであり、主に失明、難聴、運動障がいのある人の障壁を取り除くことに焦点を当てている。レベルAAは、いくつかの弱視問題を抱える人に対する追加要件と、認知障がいのある利用者に対するサポートも含んでいる。組織がアクセシビリティ・ガイドラインを決めていないが法的リスクを回避したい場合、WCAG 2.1 AおよびAAは合理的な基準である。
監査の実行計画
デジタル・アクセシビリティに新たに取り組む場合、監査をアクセシビリティの専門家に実施させることが最も適切だろう。訴訟のために監査に時間をかけられない場合は、なおさらである。アクセシビリティの専門家を選ぶ際には、その会社の従業員の保有する資格や専門知識のレベル、自社と同じような組織に対する最近の監査結果を確認することが必要である。
デジタル・アクセシビリティの専門家ではない人でも、ウェブサイトをテストするために利用できる開発ツールがある。また、手作業と自動チェックの両方を併用してサイトをチェックするデジタル・アクセシビリティ監査を実施するための実証済みの手法もある。自動チェックの技術は大きく進歩していて、最近リリースされたツールは、すべての問題の57%以上を捕捉することができる。さらには、AI(人工知能)を利用したテスト(IGT)を使用することで、開発者チームは自動チェックと手作業により迅速で信頼できるチェックを組み合わせて、すべてのアクセシビリティ問題の80%を捕捉することができる。しかし、完璧にコンプライアンスのすべての問題を指摘するには、人による手作業チェックしかない。
優れた監査報告書の特徴
優れた監査報告書は、時宜を得たものでなければならない。訴訟のために監査が必要な場合は、できるだけ早く結果を出すことが必要である。初めての監査には2~3週間を要する。
優れた監査報告書は、簡単に理解できる形でなければならない。すなわち、エグゼクティブ・サマリー・ダッシュボード(最上位の問題の種類とそのカテゴリーに焦点を合わせて、優先順位を付けて、支援するもの)があり、障がい者への影響を示し、その修正方法が入っていなければならない。
すべてのアクセシビリティ問題が同じというわけではないため、障がいのある人々への影響に焦点を当てることは重要である。例えば、障がい者への影響を、アクセス不能、最重度、重度、中等度、軽度の5段階で示すことができる。これは、組織が修正を行う際に、問題に優先度をつけること(トリアージ)に役立つ。実効性の高い監査はコード例を含め、問題を解決するために推奨される方法を提示すべきである。
組織の幹部が高レベルのアクセシビリティの重要性や障がい者への影響を理解でき、最優先課題を解決するための次のステップを提案しているものであれば、優れた監査を実施したことを確信できる。より戦術的なレベルでの優れた監査は、開発者が組織のアクセシビリティ課題を包括的に理解でき、ほんとうに課題を解決したことを検証するプロセスも含め、それらの課題を解決するためのガイダンスを示すものである。
トピックス
コンプライアンス、多様性とインクルージョン、新たなリスク、法的リスク、技術
注意事項:本翻訳は“What Constitutes a Digital Accessibility Audit”, Risk Management Site (https://www.rmmagazine.com/articles/article/2021/10/12/what-constitutes-a-digital-accessibility-audit),October, 2021,をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
グレンダ・シムズは、ウェブアクセシビリティ監査のシステムを提供するデック・システムズ社のアクセシビリティチームのリーダー。
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