Risk Management
7-8月号
- ウクライナ戦争が海運とサプライチェーンを緊迫させる
ウクライナ戦争が海運とサプライチェーンを緊迫させる
ラハル・カナ船長 [*]
ロシアのウクライナに対する戦争は、悲劇的な人的被害に加えて、世界の海運事業にも大きな混乱をもたらし、新型コロナのパンデミックが引き起こしたサプライチェーンの混乱、港湾の渋滞、船員の危機などを悪化させている。海運業界は、黒海における人命や船舶の喪失、ロシアやウクライナとの貿易の混乱、制裁の負担の増大など、さまざまな面で影響を受けている。また、船員への連鎖的影響、船舶に使用される燃料油のコスト高と入手可能性、サイバーリスクの脅威の増大などを伴い、日常業務に関わる課題に直面している。
これまでのところ、海運事業にとって戦争の最大で直接的な影響は、黒海で運航している船舶やロシアとの貿易である。ウクライナの主要な港は、紛争とロシア海軍による封鎖によって閉鎖された。何百隻もの船舶が港や停泊地に閉じ込められただけでなく、数千人のロシア人やウクライナ人の乗組員が不確実な将来に直面し、船舶を離れたり帰国することができなかったりした。
さらに、この紛争は紛争地域から遠く離れた海運事業にも影響を及ぼしている。特に、米国とEUの制裁は、海運会社と保険会社にとって重大なコンプライアンス上の課題となっている。多くの欧米企業は、ロシアとの貿易を自発的に中止することを選択しており、保険業の契約に複雑で不確実な法的状況を作り出している。また長期化する紛争は、より深刻な経済的・政治的影響をもたらし、エネルギーや他の商品の世界的な貿易を構築し直させる潜在的可能性をもつ。ロシア産石油への禁止の拡大は、燃料のコストと入手可能性を押し上げ、船舶所有者に代替燃料の利用を促す可能性がある。
海事補償の問題
7月上旬時点では、ウクライナ戦争による海上保険の損失は限定的であったが、紛争の継続の影響を受けた船体・貨物保険契約に不確実性や法的問題が生じ、それは今後も進展し続ける。
保険業界は、黒海およびアゾフ海の紛争地帯で、船舶の損傷・紛失、機雷、ロケット攻撃、爆弾による損害賠償請求を受ける可能性が高い。保険会社はまた、ウクライナの港湾および沿岸海域において、ロシアによる封鎖によって封鎖または閉じ込められた船舶および貨物から、海上戦争保険契約に基づく請求に直面する可能性がある。
紛争に巻き込まれた船舶からの船体・貨物保険といった非戦争請求への可能性は、さらに不確実性が増している。海上保険契約は、一般的には、戦争または敵対行為(例えば、機雷による損害または船舶への攻撃)によって引き起こされる船舶の押収または物理的損害を除外する。しかし、ほとんどの賢明な船主は、このような損失のために、限定された期間、つまり典型的には7日間をカバーする追加の戦争保険を契約するであろう。非戦争関連損害あるいは機械故障の補償は、保険会社が被災船舶の船体および貨物保険を解約できない場合でも引き受けることができる。
法的・風評上のリスクを考慮して、保険会社を含む多くの企業がロシアとの貿易から撤退した。しかしながら、保険会社は、更新まで有効な契約を順守することが求められる。そうは言っても、保険会社が制裁の対象となる保険金を支払うことができず、また、制裁条項や戦争条項によって一定の保険金請求を否定しなければならないために、支払いの見通しは一層不明確になる。
黒海に閉じ込められ、閉塞された海上輸送は、特に問題である.たとえ紛争地域から安全な通行が確保されていても、船舶は海上の安全な回廊を利用し、機雷の危険を冒す自信がないかもしれない。しかし、より大きな船舶が拿捕されると、メンテナンスや乗組員の福利厚生が維持されにくくなる。乗組員の中には、安全保障上の懸念から、ウクライナで船舶業務を放棄した者もいると報告されている。拿捕された船舶あるいは制裁の影響を受けた船舶は、火災、衝突や座礁によって、機械の故障や損傷を受けることがある。保管中・輸送中の貨物は、紛争や船舶の入港拿捕によって破損したり、廃棄されたりする場合がある。
戦争に直接関係しない船舶および貨物保険契約の下で発生する請求は、複雑な法的問題および契約の解釈を含む、解決が困難な場合がある。例えば、制裁は保険金請求の一部を禁止することができるが、すべてをカバーするわけではない。拿捕された船舶を含む保険金請求は、状況に応じて、船殻保険または戦争保険に該当する可能性がある。
また、紛争の影響を受けた船舶の更新は複雑になる可能性がある。例えば、拿捕された船舶は、補償範囲を維持するために、戦争保険会社に対して追加保険料を支払い続ける必要があるかもしれない。これは、紛争が長期化すると、高価になる可能性がある。拿捕された船舶は、補償範囲を維持するために船体保険を更新する必要があるかもしれない。
サプライチェーンの課題
荷主とその顧客の双方にとって、ウクライナにおける戦争は、サプライチェーンの至る所ですでにかなりの緊張をもたらしている。中国における新型コロナの流行と同時に起こったことから、この戦争は、海運に対する継続的な需給圧力を悪化させ、それが港湾の渋滞、運賃の高騰、輸送時間の延長をもたらしている。
ロシアとウクライナはいずれも穀物の主要な供給国であり、これらの国からの穀物輸出の多くは停止されているか、または周辺地域に振り向けられている。サプライチェーンの動きを止めようと、ルーマニアやブルガリアなどの近隣諸国は、ウクライナ製品への依存度の高い国々に提供することについて公約を発表している。
国際通貨基金(IMF)は、ウクライナでの戦争は今年すでに高額になっている輸送コストを悪化させ、インフレの影響を長引かせる可能性があると警告している。2020年3月以降の18カ月間で、世界の海上貿易ルートでコンテナを輸送するコストは7倍に増加したが、バルク商品の輸送コストはさらに上昇した。一方、大手航空会社の貨物流通は、通常の50日から60日に上昇している。これは、コンテナが「出荷中」である割合が、2019年に比べて20%増加したことを意味する。他方、2022年4月末から5月初旬にかけて、世界の9,000隻のコンテナ船の20%が港外で渋滞状態にあることを意味する。さらに、船舶から荷揚げされたコンテナがドックに停泊する平均時間は、パンデミック以前の平均2日間に比べて7日間以上に増加している。
インフレはまた、サプライチェーンのリスクを悪化させている。数年前、中国から米国へコンテナ1個を輸送する費用は2,000〜4,000ドルであった。現在、1コンテナ当たり10,000〜15,000ドルとなっており、これが全体的にコストを押し上げている。運賃の引き上げやコンテナ船の船腹不足によって、コンテナ輸送にコンテナ以外の船舶を使用することを検討する事業者もいるが、それは安定性、消火能力、貨物の確保に関する安全上の問題を引き起こしている。
最終的には、ウクライナにおける戦争は、企業にグローバル・サプライチェーンのあり方の再検討を余儀なくさせている、一連のショックの中で最新のものである。多くの企業は、従来の「スリム、ローコスト、ジャスト・イン・タイム」戦略を再考し、出荷や生産の混乱を最小限に抑えるために、複数の場所から財を調達しようとしている。企業はサプライチェーンを強化する必要があり、リスク専門家は、自らの組織がさまざまな破壊的ないしはショッキングな事件に対して組織の回復力を向上させるように助力することに注力すべきである。
船員不足の懸念
船員はいかなる紛争においても、常に付随的損害を被る危険にさらされてきたが、残念なことに、ウクライナ危機も変わらない。また、この侵略は、パンデミックの2年後にすでに不足が予測されていた世界の海上労働力にも影響を及ぼしている。ウクライナの港では、ロシアがウクライナに対する攻撃を開始した際、約2,000人の船員が船舶に閉じ込められたとされていた。拿捕された乗組員は食糧や医療物資へのアクセスがほとんどなく、絶えず攻撃の脅威にさらされている。悲劇的なことに、多数の乗組員がすでに攻撃で死亡している。
世界の189万人の船員のかなりの割合は、ロシアとウクライナからのものである。国際海運会議(ICS)によれば、ロシアの船員は全海運労働力の10%強を占め、さらに4%はウクライナからの船員である。ロシアへの直行便が多く停止し、ロシアおよびウクライナの港に寄港する船舶が減少していることから、これらの国の船員は、現在の契約の終了時に帰国することが困難になる可能性がある。
船員の流れを確実に維持するためには、定期的な乗組員の交代が世界中で必要とされている。昨年、ICSと海運業界団体のBIMCOは、訓練や採用のレベルを上げるための措置を講じなければ、5年以内に船員が「深刻な不足」に陥る可能性があると警告した。
制裁の進展はコンプライアンス上の負担を増加させる
欧米諸国は、ウクライナ侵攻以降、ロシアの企業、銀行、個人に対して一連の制裁措置を導入している。程度の差はあるものの、米国、欧州連合、オーストラリアはロシアの石油、ガス、石炭の輸入を禁止し、EUはロシアの鉄鋼、石炭、セメント、木材、高級品にも制裁を課している。
評判リスクとさらなる制裁の脅威によって、多くの企業や船舶グループは、ロシアとの貿易に対する意欲を見直すようになった。しかし、自動車、エレクトロニクス、農業などの多くの産業におけるサプライチェーンは、ウクライナやロシアからの原材料や部品に依存しており、一部の制裁体制では特定の製品が免除されている。さらなる複雑さと潜在的なコストを加えて、多くの企業は、ロシア企業と解約できない契約を結んでいる。
制裁に違反すると、厳しい執行措置がとられる可能性があるが、遵守は複雑で、しかも進展している。船舶、貨物あるいは相手方の最終的な所有者を確定することは困難である。また、制裁は銀行、保険、海上支援サービスを含む輸送サプライチェーンの様々な部分にも適用され、コンプライアンスをさらに複雑にしている。例えば、英国や欧州連合は、保険会社や再保険会社がロシアの航空産業や宇宙産業と契約することを禁止した。
戦争の暴力、不確実性、混乱の中で可能な限り上手に業務を遂行するには、企業は多くの困難な意思決定を見込んでおかなければならない。海運業界のリスク専門家は、また、この業界に依存している多くの企業と同様に、紛争がもたらすリスクについての考え方を、予測可能な将来のサプライチェーン全体に広げるべきである。
トピックス
事業中断、コンプライアンス、危機管理、保険、国際、評判リスク、サプライチェーン
注意事項:本翻訳は“Ukraine War Strains Shipping and Supply Chain”, Risk Management, , July-August, pp.4-7をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ラハル・カナ船長はアライアンツ・グローバル・コーポレート・アンド・スペシャリティ社海洋リスク・コンサルティングのグローバルヘッド。
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ERMをESGへ適用する
ジョン・P・アングカウ [*]
組織のリスク環境が変化する中で、新興リスク要因が複雑になり、利害関係者や規制当局は、自社の事業の進め方を再検討することを求めつつある。組織は、自らのすべての業務レベルにおいて説明責任、透明性、持続可能性をさらに浸透させるために、実質的な変更を行うよう求められている。特に、組織における環境・社会・ガバナンス(ESG)プログラムの策定に重点が置かれている。
これまで組織でESG原則を採用することの必要性と便益に焦点が当てられてきたが、これらの変更を実施するための実際のプロセスは不明である。リスクマネジメント専門家が自らの組織を支援し、ESGリスクを管理する方法について有効となる情報が限られているため、この知見と実践との間のギャップは依然として存在している。リスクマネジメント専門家がこれを達成する1つの方法は、全社的リスクマネジメント(ERM)プログラムを用いて、より広範なリスクポートフォリオの一部としてESGリスクを管理するために体系的かつ全体論的なアプローチを構築することである。本稿で概説する実践的なステップを踏むことによって、リスクマネジメント専門家は、ERMプログラムを通じてESGリスクを統合し、管理するのに必要な能力を高めることができる。
ESGに焦点を当てることの価値
近年、ESGは、とりわけESGが関わる領域が広範囲にわたっていることから、注目を集めている。ESGの原則と実践により多く焦点を当てることで、組織に対して事業の持続可能性を理解するためのフレームワークを提供することができる。ESG慣行を浸透・促進するような変革がなされると、組織は以下のような利益を実現することができる。
・ 競争優位性を確立する: 競合他社との差別化を図る戦略的成長とコスト削減を行い、変化する環境や社会経済状況に適応し、投資する。
・ 文化的転換を活用する: より多くの個人が、より大きな利益に貢献できる、強力なESG原則を持った組織のために働くことを望むようになっているので、優秀な人材を引きつけ、保持する。
・ ブランドを強化する: ESG原則を組織全体のビジネス慣行に組み込む意識を高め、コミットメントを示す。
・ リスク態勢を強化する: 最近の、そして新興のESGリスクに対して組織のポジションを高めるために、リスクソリューションを自社で作り込む。
多くの組織がESG要因を業務および戦略の意思決定に取り入れ続けるにつれて、ESG関連のリスクを管理するために統合的アプローチを採用することが、組織の成功に不可欠となるであろう。組織は、組織全体にわたりESGリスクを特定し、測定し、管理するための標準化されたアプローチと、利害関係者にESG活動を伝えるための明確で効果的な方法を必要とする。
ERM視点を取り入れる
ESGは組織の全体的なリスク態勢に影響を及ぼし続けるため、他のリスクと同じレベルの注意と集中が必要となる。ERMは、組織がリスクのポートフォリオを管理するための包括的かつ体系的なアプローチを提供するものであり、これらの複雑で長期的な問題の文脈において特別な価値を提供する可能性がある。それは組織が潜在的、現実的および新興のリスク遭遇可能性を体系的に特定し、評価し、監視することを可能にする。 同様に、特定されたリスク開示とそれに伴う処理・軽減計画は、企業全体の計画、リスク情報に基づく意思決定に情報を与え、戦略、業務、監査などの主要な事業活動についての洞察を提供する。
より広範なリスクポートフォリオの一環としてESGリスクに対処するためにERMアプローチを用いることで、組織は、ESGリスクの適切な管理に焦点を当て、以下の分野にわたって改善を行うことができるようになり、利害関係者に権限を与えることができる。
・ リスクの文化 : リスクに基づく対話と意思決定を組織のあらゆるレベルで推進し、ESGリスクを管理する統合的アプローチを強化する。
・ リスクに関する洞察 : ESGのリスクに対する認識を高め、現在のリスクを管理し、新たなリスクを積極的に特定する組織の能力を向上させる。
・ 資源配分 : ESGリスク態勢の改善に直接的かつ持続的な影響を与える資源を、どのように、どこに投資すべきかを知らせるために、リスクエクスポージャーを特定する。
・ リスク判断力 : 組織全体のESGリスクを効果的に管理するために、専門的な能力開発を通して組織の専門性を高めるために、リスクインテリジェンスを強化する。
・ リスクの統合 : ESGリスクに対する第一層の防御を強化するために、中核的なビジネス慣行の中でリスク管理コントロールを実施する。
ESGのERMプログラムへの統合
リスクマネジメント専門家は、確立されたERMプログラムを通じて、5つの具体的な措置を講じ、ESGリスクを統合し管理することができる。これらのステップは、早期の参画、運用の統合、プログラムの拡張性、およびデータ活用を重視する。
1. ESGリーダーを早期に参画させる
ESG戦略の一環として、組織は戦略を実行に導き、計画を策定し、具体的な目標を達成するための努力を支援するリーダーを任命しなければならない。ESGリスクを体系的かつ効率的に管理することが不可欠であり、ESGの取り組みは組織のERMプログラムと整合させ統合する必要がある。リスクマネジメント専門家は、ESGリーダーを早い段階から参加させ、組織全体でESGリスクを管理する方法について話し合うべきである。
ESGリーダーおよびERM委員会との関与に際して、リスクマネジメント専門家は、戦略、目標、および計画の実施に責任を持つチームメンバーを確認しなければならない。これらの責任者は、特定のESGリスクのそれぞれのリーダーとなる。
2. ESG戦略からESGリスクを導き出す
ESG戦略は、具体的な目標と計画を概説し、望ましい成果を達成するために組織がとるべき具体的な行動を伝える。リスクとは、予測される結果からの乖離、または予測される結果を達成する上での不確実性の程度であり、監視されるリスクはESG戦略と整合させる必要がある。リスクマネジメント専門家は、ESG戦略、目標、および計画をレビューし、ESGリスクリーダーやERM委員会と協力して、監視すべきESG関連リスクを特定しなければならない。さらに、リスク専門家は、企業価値の増減の可能性についてより正確な見通しを提供するような、上方・下方の変動可能性を明確にする必要がある。
ESGリスクがESG戦略、目標、計画と整合すれば、リスクマネジメント専門家は、チームと協力して、リスク声明と変動可能性のシナリオの妥当性を確認して文書にする。
3. ESGリスクに対するリスク取得意欲を決定する
組織は、しばしば、リスク取得意欲のパラメータの範囲内でリスクプロファイルを管理する。これは、戦略、目標、計画にとって望ましい成果を追求するために、ある程度のリスクを受け入れる意思を伝えるものである。
リスク取得意欲は組織全体としてのリスクの受け入れ姿勢を簡潔に示しているので、すべての利害関係者は、組織が受け入れるリスク遭遇可能性の程度を明確に理解できるようESGリスクに適用する必要がある。リスクマネジメント専門家は、ESGリスクリーダーやERM委員会と協力して、リスク取得意欲声明を作成する必要がある。この声明は、特定のESGリスクに対する取得意欲を操作化するためのガイダンスとなる。
リスク取得意欲声明がESGリスクと合致すれば、リスクマネジメント専門家は、シナリオを様々な利害関係者にはっきり伝えるために、具体的な上限と下限を設けることを検討すべきである。
4. ESGリスクを管理するための全体的アプローチを採用する
定着したERMプログラムをもつ組織は、ESGリスクに対処する際に、一からやり直すべきではない。むしろ、組織はESGリスクを管理するための体系的かつ包括的なアプローチを提供するために、定着したERMプログラムを活用すべきである。
定着したERMプログラムは、様々な構成要素(例えば、ガバナンス、フレームワーク、方針、手順)から構成され、ESGリスクを検討するために、体系的にこれらの構成要素を修正するべきである。リスクマネジメントの体系的な専門家は、以下の要素に特に注意を払う必要がある。
・ リスクの特定 : ESGリスクをリスク調査の質問に統合し、回答者に、可能性、影響、速度に関してこれらのリスクの程度を回答させる。
・ リスクの評価 : 可能性、影響、速度に関するリスク評価尺度をESGリスクに適用する。
・ リスクの統制 : ESGリスクの回避、予防、移転、軽減を含む、ESGリスクを管理する全体的アプローチを確実にするために、リスク対応計画を体系的に適用する。
・ リスクの依存性 : 組織内の他のリスクや活動との相関性を明示するために、リスク推進要因や影響などESGリスクの依存性を体系的に統合する。
ERMプログラムに基づきESGリスクを検討した後、リスクマネジメント専門家は、修正項目を簡潔に要約し、ESGリスクリーダーおよびERM委員会に通知すべきである。また、リスクマネジメント専門家は、ESGの体系的なリスクとリスク対応、ならびに組織全体の依存関係を明確に文書化すべきである。
5. ESGリスクを評価するためにデータを活用する
確立されたERMプログラムの一環として、リスク遭遇可能性とリスク対応計画を監視し、組織がそのリスクプロファイルを効果的に管理しているかどうかを評価するには、データが不可欠である。定着したERMプログラムは、リスクに基づく対話と意思決定に対して情報を与えるときに、適切に選択されたデータに依存する。リスク遭遇可能性と進捗状況を監視するためには、意思決定者はリスクを十分に理解する必要がある。リスクマネジメント専門家は、ESGリスクリーダーおよびERM委員会と協力して、ESGリスクのそれぞれに適した指標を選択すべきである。このプロセスの一部には、組織内で十分かつ質の高いデータが利用できるかどうかを判断することも含まれる。また、それはデータおよび情報システムを監視するビジネス部門との会話を正当化するかもしれない。
主要なリスク指標とデータ源泉について合意が得られれば、リスクマネジメント専門家は同意を得た指標とそれを選択した根拠を文書化する必要がある。場合によっては、報告されるデータに影響を与える可能性があるため、リスクマネジメント専門家は、指標のデータをどのように収集するかを文書化する必要がある。
トピックス
新興リスク、全社的リスクマネジメント、環境リスク、ESG、リスク評価、戦略的リスクマネジメント
注意事項:本翻訳は“Applying ERM to ESG”, Risk Management, , July-August, pp.24-29をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ジョン P. アングカウはマーシュ・カナダ社公開企業グループ担当副社長。
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