Risk Management
【Web特別版】
3-4月号
- 一酸化炭素中毒リスクから施設を守る
- 竜巻対策計画を策定するための6つの手順
竜巻対策計画を策定するための6つの手順
ジェニファー・ポスト[*]
米国の竜巻シーズンは、公式には3月から6月にかけてであるが、アキュウェザー(世界中の天気予報を提供する米国の企業)は、2024年には平均を上回る1,250から1,375個の竜巻が発生すると予測している。米国海洋大気庁(NOAA)によると、竜巻の最中およびその後の強風、雨霰、豪雨は、広範な被害を引き起こす可能性があり、2023年の竜巻による死者は36人、物的被害は12億ドルに上った。
竜巻の70%は竜巻シーズンのピーク時に発生するが、多くの地域ではその時期以外にも竜巻活動が増加している。NOAAは、1月と2月に米国で100件近くの竜巻速報を記録した。また専門家は、ロッキー山脈の東、アパラチア山脈の西に位置する中央平原を指す「竜巻横丁」が拡大すると予想しており、今後、より広範な企業が潜在的な脅威に備える必要があることを意味している。
2024年の竜巻シーズンが始まるにあたり、企業は竜巻リスクに備えた防災対策を策定するか、再検討するべきである。トラベラーズ社(株式市場時価総額で米国最大の保険会社)のリスクコントロール・不動産技術担当取締役である、ジム・ガスティンは、「企業が竜巻に最もよく備えるには、緊急事態発生前の計画書を策定し、それを日常的に実践する必要がある」と述べた。以下の手順は、組織の竜巻対策計画の策定または強化に役立つ。
1. 安全な避難場所を特定する
竜巻が発生する前に、建物の構造、セキュリティ、保護システム、特にシェルターとして機能しそうな場所を評価する。ガスティンと労働安全衛生局(OSHA)によれば、地下室やストームセラーは地下にあり、通常窓がなく、建物の基礎によって守られているため、竜巻から最も身を守ることができるという。そのような場所が利用できない場合、ガスティンは外部のドアや窓から離れた屋内空間を探すことを勧めた。OSHAは、講堂やカフェテリアのような特定の空間を避けることを推奨している。広々とした空間は、従業員と空中に浮遊する物体や破片との間にバリアがないためである。また、従業員は、平らでスパンの広い屋根のある建物のエリアには近づかないようにする必要がある。このタイプの屋根は耐風性があまり高くなく、強風によって屋根が倒壊したり吹き飛ばされたりする可能性があるためである。
組織は避難場所を選択したら、従業員に避難場所を特定し、緊急時に最も効率的となる避難ルートについて書面によるガイダンスまたは標識を提供する必要がある。
2. 緊急時準備キットをつくる
各組織は、緊急時対応キットを用意し、キットに含まれる物資を定期的にチェックして有効期限を確認し、包装が破損していないかチェックし、必要に応じて物資を補充すべきである。緊急時対応計画書には、キットの場所、キットに含まれる品目のリスト、物資の維持と補充の責任者の個人名を含めるべきである。以下の品目は、竜巻を含むあらゆる緊急事態に役立つので、キットづくりの出発点として適している。
・包帯、消毒薬、鎮痛剤、フェイスマスク、目の保護具が入った救急箱
- ペットボトルの水
- 保存食
- 定期的な最新情報を得るための気象ラジオ
- 救急隊に合図を送るためのホイッスル
- 懐中電灯
- 予備電池
3. コミュニケーション計画の概要を示す
緊急時に従うべき指揮系統を確立することは極めて重要である。特定のチームメンバーに役割と責任を割り当て、誰が何をするかを全員が把握できるようにする。組織のリーダーは、積極的かつ一貫して計画を全従業員に伝え、従業員が意見を述べたり、質問したり、懸念を表明したりできるようにすべきである。
組織はまた、従業員と連絡を取り合い、緊急事態発生時に常に最新情報を更新するための計画を立てておくべきである。竜巻注意報が発令され、気象予報士がそれを警報に格上げした際には、従業員に知らせる。NOAAによると、暴風雨予報センターが発表する竜巻注意報は、州の一部または複数の州をカバーすることができ、竜巻の可能性に備えるよう、影響を受ける人々に知らせることを目的としている。各地の国立気象局予報室が発表する竜巻注意報は、竜巻の発生が報告されたことを意味し、ただちに安全な場所に避難するよう知らせるものである。
電気が通っている間は、職場全体のアナウンスシステムを利用する。停電が発生した場合は、双方向無線に切り替えて現場の従業員と連絡を取り合う。さらに、従業員が家族と連絡を取れるようにしておく。竜巻の発生中や発生後は、電話サービスが不安定になったり、全く利用できなくなったりする可能性があるため、さまざまな脅威の段階において、従業員が定期的に家族に連絡するよう促すことを検討することである。
4. 竜巻安全訓練を実施する
専門家を招いて全社的な竜巻安全訓練を行うにしろ、オンライン資源を利用するにしろ、従業員は竜巻がもたらす具体的なリスクから身を守る方法を知っておく必要がある。ガスティンによると、従業員は家具のような頑丈な物や重い物の下や後ろにしゃがんだり、体の重要な部分を覆う方法を学ぶべきだという。安全訓練では、窓や広い空き地など、避けるべき対象物や場所についても取り上げるべきである。従業員が常に安全訓練資料にアクセスできるようにして、関連文書に容易にアクセスできる場所に保管することである。
5. 重要なビジネス情報を守る
ガスティンは、竜巻発生後にすぐにアクセスできるよう、重要書類を安全な場所に保管しておくことを勧めた。竜巻はオフィスビルを破壊する可能性があるため、重要な紙文書の電子版をクラウドにバックアップしておくとよい、そうすれば従業員がどこからでもアクセスできるからである。貴社が実物在庫を扱う場合、何が破損し、あるいは紛失したかを把握しておくことは、保険金請求手続きの際にも役立つ。
6. 実践、実践、実践
どのような緊急対応にも言えることだが、実践こそが備えの鍵である。「これらのステップを実践し、緊急事態が発生した場合に、従業員が計画を理解し実行できるよう、定期的に訓練を実施する必要がある」と、ガスティンは述べた。
計画を実践する時間を定期的に設けるにしろ、突発的な訓練を実施するにしろ、実際に災害が発生する前に、従業員は常に対応手順を経験しておく必要がある。「竜巻警報が発令されてからのリードタイムは平均13分しかない。だから、できる限り事前に準備しておくことは良い考えである」と、ガスティンは述べた。人事異動があった場合は、それに応じて計画を更新し、できるだけ早く実践することである。
トピックス
気候変動、防災、自然災害、リスクマネジメント、安全
注意事項:本翻訳は“6 Steps for Creating a Tornado Preparedness Plan ”, Risk Management Site (https://www.rmmagazine.com/articles/article/2024/03/12/6-steps-for-creating-a-tornado-preparedness-plan ) March 2024,をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ジェニファー・ポストは本誌編集者。
- 洪水への準備と対応についてリスクマネジャーが知っておくべきこと
洪水への準備と対応についてリスクマネジャーが知っておくべきこと
リチャード・フォークマン[*]
最近、強烈な嵐がメイン州とニューハンプシャー州を襲い、広範囲にわたって洪水を引き起こし、家屋が損壊し、道路が流された。この地域で大洪水を引き起こしたのは、12月以来4度目の嵐であった。気候変動により、このような厳しい気象現象は年々急速に発生しており、洪水に対する準備と対応計画がますます重要になっている。
適切な保険に加入することは、洪水に関連するリスクから組織を守るための重要な第一歩であるが、損失を軽減するために行うべき追加作業がある。洪水に備える方法と、洪水が発生した場合に予想されることについて、自分自身と組織を教育するための時間を取ることも、同様に重要である。以下は、リスクマネジャーが洪水および洪水保険について知っておくべき最も重要な事項である。
小規模な気象事象でさえ心配である
損保情報調査研究所によると、米国における自然災害の90%は洪水によるものだという。事業運営を不意にひっくり返す可能性があるのは、壊滅的な気象現象だけではない。特定地域の水道本管の破損、消火栓の不具合、排水不良など、一見取るに足らないような小さな出来事も、企業に深刻な損害をもたらす可能性がある。連邦緊急事態管理庁(FEMA)は、1996年から2019年の間に、全米の99%の郡が洪水の影響を受け、平均5万2,000ドルの洪水保険金が支払われたと報告している。このリスクにもかかわらず、洪水は依然として組織の運営と収益に影響を与える最も誤解されている災害の 1 つとして残っている。
洪水リスクは時間とともに変化する可能性がある
保険の必要性を評価するリスク専門家としては、過去に一度も起こったことのないことに保険料を支払う理由はないと結論づけたくなる。しかし、統計によると、高額な洪水保険金請求は、通常は洪水が起こりにくい地域でしばしば発生している。さらに、FEMA(米連邦緊急事態管理局)と全米洪水保険プログラムによると、洪水リスクは、新規建築工事、天候パターンの変化、地形の変化などの状況により、時間の経過とともに変化する。わずか1インチの浸水が2万ドルの損害をビジネスに与える可能性があることを考慮すると、復旧作業、在庫の損失、事業の中断に対処するために費やす時間は言うまでもなく、組織は個別の洪水保険を検討するか、少なくとも、洪水保険に加入しないことを選択した場合には、何が危機に瀕しているかを十分に理解する必要がある。
すべての組織に災害復旧計画が必要である
洪水はより一般的なものとなり、今後もその頻度と深刻さは増すと予想されるため、定期的なチェックを行い、ビジネスに備えることである。保険会社のクロフォード・アンド・カンパニーでは、洪水による損害賠償請求のピークは9月であると見ている。したがって、リスク専門家は、毎年春に方針、手順、不測の事態を見直す習慣をつけるべきである。すべての災害対策と同様に、計画の策定と実施に関連する責任を明確に特定することが、成功のために極めて重要である。計画は、必要な関係者全員が社外からアクセスできるようにし、代理店名、連絡先、保険証番号の確認を含めるべきである。
また、ほとんどの洪水保険は事業中断を補償しないため、災害計画に不測の事態を組み込むことが不可欠であることも注目すべきである。リスク軽減戦略全体の一環として、これらの費用を補償する別個のプランの購入を検討することである。
事前の警告は一般的ではないことを自覚せよ
残念ながら、差し迫った洪水事象を事前に知ることは稀である。しかし、場合によって、あるいは地域によっては、洪水が発生する前に警告を受けたり、被害を防ぐための簡単な手順を覚えておいたりすることができる場合もある。災害計画には、カーペットや布製品はその表面がカビが生えやすいため、それらを取り除く特別チームを含めるべきである。これらのチームは、そのような品物を移動させるか、水から守るなどして、在庫の損失を最小限に抑えるためにできることを行うべきである。
現在のオフィス在庫は、紛失後の貴重な時間の節約に役立つ
洪水保険の専門家は、災害対策計画の一環として、オフィスや商業スペースの定期的な棚卸しを行うことを推奨している。オフィス家具、専用機器、電子機器、電化製品、その他の備品の写真を撮っておく。これらの画像は、保険金請求手続きの合理化に役立つ。ほとんどの保険では、100ドル以上の品物にはシリアルナンバーの記入が義務付けられているため、現場の電子機器のシリアルナンバーを控えておくことが理想的である。
洪水が発生した後、直ちに損害賠償請求を開始する
洪水が発生した場合、最初に代理店またはブローカーに連絡し、できるだけ早く保険査定人を手配してもらう必要がある。その後、損害の記録を取り始める。洪水が発生している間に写真を撮ることができれば、損害賠償請求に大いに役立つであろう。損害を受けた状態で、交換が必要なすべての品目を記録する。請求額の合計が一定額を超える場合、保険査定人は、情報を検証するために公認会計士を連れて来なければならないため、綿密な文書化が不可欠である。在庫の損失については、各アイテムの損傷を文書化する必要があり、これは記録を明らかにすることを意味する。保険会社が払い戻すのは、販売価格ではなく、自己負担額であることに注意する。
損害を写真で記録したら、直ちに修復を開始すべきである。修復業者を雇うのは保険契約者の責任であり、保険査定人や代理店がそれらの業者を推薦することは、法律で禁止されていることは注目すべきことである。修復業者も、保険でカバーされるものとされないものを正確に把握しているとは限らないので、補償内容に含まれている物が何であるかを理解し、それに従ってサービスを契約することが重要である。
文書化、保持、および削除
どこで購入したとしても、洪水保険は直接的な物理的損害を補償する保険である。つまり、損害を補償する保険では、洪水が物理的に何かに影響を与えなければならない。修復会社が来て、影響を受けた場所を解体する前に、装飾品、カーペット、床材、飾り戸棚のサンプルと、影響を受けた飾り戸棚内の品物を記録しておくことが重要である。浸水は、HVAC(冷暖房空調設備)システムや家電製品を危険にさらす可能性もあるので注意が必要である。
修復会社と協力して文書化し、カビの原因となるものをすべて取り除く。洪水保険は一般的に、カビ、カビ関連の損害、カビの修復、または空間を使用可能にするために必要なHEPA(高性能フィルター)機器には適用されない。
トピックス
災害準備、災害復旧、環境リスク、自然災害、リスクマネジメント
注意事項:本翻訳は“What Risk Managers Need to Know About Preparing for and Responding to Floods ”, Risk Management Site (https://www.rmmagazine.com/articles/article/2024/03/14/what-risk-managers-need-to-know-about-preparing-for-and-responding-to-floods ) March 2024,をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
リチャード・フォークマンはクロフォード・アンド・カンパニー社CATオペレーション(洪水)担当部長兼保険会社関連実務リーダー。
- 大麻使用における職場の安全と雇用者保護をバランスさせる
- AIが保険引受業務に与える影響
AIが保険引受業務に与える影響
ニール・ホッジ[*]
保険業界におけるAIの受け入れと採用の拡大は、保険会社にも被保険者にも大きな影響を与えることが予想される。膨大なデータセットを迅速かつ効果的に分析できる能力により、保険会社はかつてないほどにリスクを理解できるようになり、より正確なリスクの特定、保険引受と保険請求処理の改善、保険料のより適切な価格設定への改善につながる。
しかし、AIを活用したプロセスや意思決定の正確性、公平性、安全性については重要な疑問が残るため、この技術にリスクがないわけではない。したがって、保険会社やリスク専門家は、AI技術の潜在的な落とし穴をよりよく理解し、保険購入プロセスが意図した範囲を超えるリスクをもたらさないようにするための措置を講じる必要がある。
保険引受プロセスにおけるAIバイアス
AIは保険数理モデルや保険引受にさらなる精度をもたらし、保険会社は顧客基盤に合わせた補償を提供し、リスクマネジメントを強化することができる。また、過去の保険金請求履歴や顧客行動などの内部データ、訴訟動向、市場の変化、異常気象、ソーシャルメディアへの投稿などの外部データなど、多様なデータソースから得られる膨大な情報を分析することで、リスク評価と保険引受を改善することができる。このようなデータにより、保険会社はリスク要因をより包括的に理解することができ、より適切で具体的な引受判断が可能となる。さらに、保険会社はAIアルゴリズムを使って、個人の行動、嗜好、リスクプロファイルに基づく、より個人に特化した保険契約を作成することができ、その結果、顧客のニーズをより満足させ、よりオーダーメイドされた補償オプションセットが生まれることになる。
このような利点があるにもかかわらず、保険業界は、他のあらゆる分野に影響を及ぼしてきたAIに関連する同じ問題、すなわち、バイアス、データの誤用、データの不安定性のリスクから免れることはできないと、専門家は警告している。その結果、リスク専門家は、自社の保険契約を引き受ける際にAIがどのように使用され、結果の正確性を確保するためにどのような抑制と均衡が採用されているかについて、より詳細な情報を求める必要がある。
AIフィンテック企業パーミュタブル・エーアイ社CEOであるウィルソン・チャンによると、保険業界内のAIシステムに関する偏ったデータの影響に対処することは「絶対的に重要」だという。「保険会社が限られた、あるいは偏ったデータに基づいて保険引受AIを訓練するため、企業はしばしば保険料のつり上げや補償の制限に直面する」と、彼は述べた。「AIシステムの本質的な性質は、入力データに偏りがあれば、AIが下す意思決定にも必然的にその偏りが反映されることを意味する。保険購入における公正な取り扱いを確保するため、企業は保険会社に対して、訓練データ、バイアスの軽減、AI主導の意思決定の透明性に関する重要な質問を投げかけなければならない」。
保険会社は、AIシステムが代表的で偏りのないデータに基づいて訓練され、偏りをなくすためにAIシステムを定期的に見直し、更新していることを確認しなければならない。また、保険会社は、使用しているAIシステムの機能やAIがどのようなプロセスで使用されているかについて透明性を提供する必要がある。「これらの措置を遵守することで、企業と保険会社の双方が、保険業界におけるAIシステムの公正で責任ある利用に貢献することができる」と、彼は述べた。「透明性、公平なデータ、継続的な警戒への深い関与は、信頼に足る公平な保険業界を育成するための基本である」。
偏った意思決定のリスクを説明するために、チャンは洪水リスク保険を使用した例を挙げた。「この例では、過去のデータに基づいて訓練されたAIモデルは、現在の気候パターンを見落とし、洪水リスクが高まりやすい地域の企業に不公平な影響を与える可能性がある」と、彼は述べた。「この結果、防潮壁を建設したり、不動産を海面より高くしたりするなどの緩和策を講じているにもかかわらず、企業がより高い保険料や補償範囲の制限に直面することになりかねない」。
他の一般的なタイプのビジネス保険も、AIのバイアスを受けやすい可能性がある。AIモデルがデータの制約によって制限され、業界や場所に基づいて企業のリスクを不正確に評価する場合、事業継続保険は課題に直面する。たとえば、地方にある製造会社は、データが不十分で、強固なサプライチェーン関係、遠隔操作性、または停電の緊急時対応計画を考慮していないため、保険料が高くなる可能性がある。同様に、AIバイアスは役員賠償責任保険に影響を与える可能性がある。なぜなら、業界固有の訴訟データに基づいて訓練されたAIモデルが、訴訟や保険金請求が発生しやすいセクターで事業を展開する企業の価格を高騰させ、補償範囲を制限し、これらの特定の企業の公平な法的記録や主要なガバナンス実践を見落とす可能性があるからである。
技術系人材紹介会社スペクトラム・サーチの起業家兼最高技術責任者(CTO)であるピーター・ウッドは、AIシステムの訓練に使われる過去のデータにも問題があると指摘する。AIアルゴリズムに使用されるデータに根ざした過去のバイアスは、企業に悪影響を及ぼし、特に過去のデータが現在の現実を正確に反映していない可能性のあるニッチな分野や新興分野において、「歪んだ」リスク評価につながる可能性がある。「AIシステムは過去のデータから学習するため、時代遅れの基準や無関係な基準に基づいて特定の企業に不当なリスクを割り当て、保険料の引き上げや補償の制限につながる可能性がある」と彼は説明した。
AIバイアスへの懸念に対抗するため、技術・専門サービス会社デイビス・グループの専務理事兼コンサルティング保険数理士であるライアン・パーディは、保険会社は、誰が情報を根本的な状態で提供し、どのように更新し、どのくらいの頻度で情報を提供するかなど、保険引受に使用しようとする外部データソースの性質を理解する必要があると述べている。「データは古くなり、時間の経過とともに顧客のリスクや製品の適合性を評価する上で、重要でなくなる可能性がある」。
AI引受に関する懸念への対処
AIを活用した保険引受に対応する際、企業は事前準備的なアプローチを採用する必要がある。重要なのは、保険会社との透明性のある対話に参加することである。「企業は、AIモデルの訓練に使用するデータセットの性質について尋ねるべきである」とウッドは述べた。「これらのデータセットが最新のトレンドや発展を含む幅広い業界を網羅しているかどうかを理解することが不可欠である」。
また、「企業は保険会社に対し、バイアスを特定し緩和するための仕組みについて質問すべきだ。これには、AIシステムが公正で正確かどうか定期的に監査されているかどうかを問うことも含まれる。さらに、AIによる判断が不当に偏っていると思われる場合、手作業による見直しや無効化の可能性についても問い合わせるべきだ」と彼は付け加えた。
結果に欠陥が生じる可能性があるため、企業はAI技術を通じて評価されるリスクがどのように評価され、価格が決定されるのかについて、より多くの質問をする必要がある。規制当局は、消費者の扱いに関して保険会社が悪用する可能性がないかを注意深く見守っているかもしれないが、「『洗練された購入者』とみなされる企業の被保険者に対する安全策は少ない」と、訴訟ファイナンスおよび保険コンサルタント、ファクター・リスク・マネジメントの共同設立者兼取締役のトム・デイヴィーは言う。そのため、企業が自ら疑問や懸念を提起する必要性が高まっている。
保険サービス・プロバイダーであるチャールズ・テイラー・グループのEMEA(ヨーロッパ、中東、アフリカ)事業部取締役ジェレミー・スティーブンスによれば、企業は保険会社がAIの意思決定プロセスにおける透明性を保証できるようにする必要があるという。そのためには、「企業は、これらのモデルがどのようにして保険料の価格設定、保険引受、保険金請求処理に影響を与える意思決定に至ったかについての説明を求めることができる」。保険会社はまた、「AIモデルが考慮した要因やデータ入力の概要を示す詳細な文書や報告書を提供すべきであり、これらは企業が意思決定の背後にある理論的根拠を理解するのに役立つだろう」と、彼は述べた。
企業は、十分な説明責任を確保するために、保険会社がAIモデルの意思決定プロセスを追跡する包括的な監査証跡を維持することを確実にすべきである。「保険会社は、保険におけるAIを管理する業界基準や規制を遵守しなければならない」とスティーブンスは述べた。「企業は、保険会社がどのように倫理的なAI慣行や規制ガイドラインを遵守しているかについての情報を要求することができるため、保険会社は監査機能が規制に遅れないようにしなければならない」。
企業はまた、保険会社がAIアルゴリズムのパフォーマンスを継続的に評価・監視し、それがどのようにして特定の意思決定に至ったのか、また、保険引受の意思決定に影響を与える可能性のあるデータの偏り、誤り、変更を定期的にチェックしているのかを尋ねるべきである。その他のステップとしては、保険会社のAIベースの引受システムが、欧州連合(EU)のAI法、EUの一般データ保護規則(GDPR)、カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)、米国医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(HIPAA)などの様々なデータ法、および、さまざまな倫理基準に準拠しているかどうかを確認することが挙げられる。これらの問題に対してよりよく対処するために、企業は保険会社と協力関係を築くことができる。「意思決定に関するフィードバックを提供し、それが自社のリスク評価とどのように整合するかを議論する」と、スティーブンスは述べた。
また、保険会社が第三者のAIツールを使用する場合、どのような技術支援が受けられるかを理解することも重要である。「データの取得頻度も重要だが、保険会社は、技術の次の更新が利用可能になるまでにどれくらいかかるかを理解するために努力すべきである」と、パーディは述べた。「データ収集、データ構造、または技術のバージョンに将来的な変更があった場合、これらの技術を効果的に活用し続けるために、保険会社側はさらなる変更を余儀なくされるのだろうか。これらのプロバイダーの開発スケジュールを保険会社自身のスケジュールに合わせることで、将来的に大きな頭痛の種を軽減することができる」。
データ・セキュリティも懸念事項の1つである。専門家は、保険会社が保険引受を改善するためにAI技術を訓練する際、AIシステムのデータ(多くの場合、入力されたデータの知的財産権を保持する)を使用したり共有したりすると、企業が重要なリスク情報を一般に公開される危険にさらされる可能性があると警告している。ウッドによると、企業は守秘義務を守り、選択的にデータを共有し、データ保護に関する契約条項を加えることによって、リスクデータを積極的に保護する必要があるという。また、データの利用を注意深く監視し、潜在的な侵害や悪用からデータを保護するために保険会社がどのようなサイバーセキュリティ対策を講じているかを確認する必要がある。
「企業は、自社のデータがどのように使用されるかについての明確さを要求し、大規模なデータセットに組み込まれる前に自社の情報が匿名化されていることを確認すべきである」と、ウッドは述べた。「これには、自社のデータを引受目的のみに使用し、AIモデルの学習には使用しないよう制限する契約交渉も含まれる。保険会社側も、厳格なデータ保護規制を遵守し、高度な暗号化とアクセス制御の仕組みを採用して、不正なデータ利用を防がなければならない」。
彼は付け加える。「さらに、データ取り扱い実務について透明性を確保すべきである。定期的な監査とコンプライアンス確認は、信頼を維持し、両者がデータ利用とプライバシーに関して合意した条件を遵守することを保証するのに役立つ」。
トピックス
新興リスク、保険、知的財産、リスク評価、リスクマネジメント、セキュリティ、技術
注意事項:本翻訳は“The Impact of AI on Insurance Underwriting ”, Risk Management Site (https://www.rmmagazine.com/articles/article/2024/03/26/the-impact-of-ai-on-insurance-underwriting ) March 2024,をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。本文中は敬称略です。
ニール・ホッジはイギリスを拠点とするフリーランスのジャーナリスト兼写真家。