Risk Management
【Web特別版】
11月号
- リスク管理責任者がビジネスに潜在する「4つの未来」を乗り切るために
リスク管理責任者がビジネスに潜在する「4つの未来」を乗り切るために
リック・オパール(訳:鈴木英夫)[*]
地政学的緊張の高まり、テクノロジー導入の加速、そしてマクロ経済状況の変化により、経営幹部は現在のビジネス環境がかつてないほど予測困難になっていると認識している。
BDOの2025年テクトニック・ステイツ・レポートによると、世界のビジネスリーダーの61%が、レジリエンス(回復力)を自社の最も重要な特性と捉えている。これは、ますます不安定化する世界で事業を展開しなければならない現実を反映した変化である。かつてはリスク管理の基盤となっていた従来の単一シナリオ計画は、変化が加速する環境においてはもはや通用しない。
将来のビジネス環境の予測について調査したところ、経営幹部の73%が、複数の潜在的な未来に同時に備える必要があると回答した。これは、この複雑なリスク環境が永続して続くことを示唆している。現在の状況を一時的な混乱と捉えるのではなく、組織はリスクが戦略的意思決定と業務計画を左右する環境に適応していく必要があるのだ。
「4つの世界」フレームワーク
BDOは、世界10地域の経営幹部1,050名を対象に調査を実施し、2028年までに実現する可能性のある4つの異なるビジネスシナリオを特定した。「4つの世界」フレームワークの基盤となる各シナリオは、根本的に異なるリスク管理アプローチを必要としている。
まず「細分化された世界」がある。これは、政策の不安定さ、地政学的同盟関係の変化、サプライチェーンの混乱により、市場が深くフラグメント化されたビジネス環境を指す。最新のデータによると、我々は既にフラグメント化された状況で事業を展開しており、リーダーの52%がこの環境が今後も続くと予想している。フレームワークに示されたすべての潜在的な将来シナリオの中で、このシナリオは、早期警戒システムの不備と、これまで安定していたサプライチェーンへの過度の依存により、企業に不意打ちを掛けている。
次に「分断された世界」がある。それは、東西の経済モデルが競合する地政学的な二極化を指す。ビジネスリーダーの33%が2028年までに現実になると予想しているこのシナリオは、地域間で異なる規制基準、技術の断片化、そしてコンプライアンスへの根本的に異なるアプローチを特徴としている。この世界では、組織は相反する要件とコンプライアンス指標を持つ、互換性のない経済システムの中で事業を展開するという課題に直面している。
三番目は「加速する世界」である。それは、急速な技術進歩とグローバルネットワークの連携を特徴とする。このシナリオの実現を予測するリーダーはわずか8%だが、テクノロジーが業界全体を変革する中で、組織は人工知能ガバナンスの課題、従業員の適応ニーズの加速、そしてサイバーセキュリティの脆弱性の高まりを専門的に管理しなければならない。現在AI対応のデータインフラストラクチャを整備していると回答したリーダーはわずか42%にとどまっており、これらの要件を満たすことは特に困難となる。
最後は「持続的な世界」である。これは、人間主導で計画的にテクノロジーを導入し、段階的な変化を伴って進む世界を指す。最も穏健な仮説ではあるものの、ビジネスの将来像としては最も実現可能性が低い(7%)とされている。この環境は一見混乱が少ないように見えるが、外部ショックに対する脆弱性という潜在的なリスクを伴う。段階的な変化に慣れている組織は、突然の市場の混乱に対応する俊敏性を欠くことになる。
マルチシナリオ・レジリエンスの構築
企業は「正しい」シナリオを特定することに注力するべきではない。重要なのは、どのような未来が到来しても成功するための能力を構築することだ。具体的なリスクやコンプライアンス上の課題は、各組織の業界・地域・オペレーティングモデル、そしてリスク許容度によって異なる。これらのシナリオがハイブリッド型に進化したり、地域やセクター間で全く異なるビジネスモデルが展開されたとしても、いくつかの準備と投資は普遍的に適用可能だ。レジリエンスを構築するために、組織は以下の点に重点を置くべきである。
1. 早期警戒システムにより、組織は一つのシナリオが完全に姿を現すのを待つのではなく、あらゆる将来の可能性における先行指標を追跡することが可能となる。これらのシステムは、ソーシャルメディアのモニタリング・政策分析・市場情報を統合し、意思決定者に緊急時対応計画を実行するための十分な警告を提供する必要がある。これには、地域間の技術格差、投資の急増、規制の安定性などへのモニタリングが含まれる。
2. デジタルでの敏捷性は、ビジネスレジリエンス計画の成功の基盤であり、従業員主導のテクノロジー導入によって、よりレジリエンスが高く適応性の高いシステムが構築される。成功している組織は、従業員のテクノロジー利用を制限するのではなく、それを奨励し、モニターすることで、政策の変更、規制の変更、急速な変革に直面した際に従業員が迅速に適応できるようにする。
3. サプライチェーンの多様化と柔軟性は、あらゆるシナリオにおいて、おそらく最も差し迫った対策であろう。市場の細分化、経済の二極化、あるいは緩やかな変化に直面している場合でも、調達の多様化は、将来のあらゆるビジネスシナリオにおいて不可欠な防御策となる。組織は、孤立した取引関係から脱却し、サードパーティベンダーを危機シミュレーションに組み込んだ統合ネットワークを構築する必要がある。また、特定のトリガーが発生した際に自動的に発動する緊急時対応計画の策定も不可欠だ。
4. サイバー攻撃が世界的に増加する中、サイバーセキュリティの強化は依然として重要である。リーダーの76%が市場の細分化によるサイバーセキュリティリスクの増大を予想し、68%がサイバーリスクの脅威が激化する理由として技術の進歩を挙げている。このことから、包括的なセキュリティ対策は、複数の脅威ベクトルに同時に対処する必要がある。不可欠な要素としては、(変更できないオフラインストレージなどの)変更不可能なバックアップシステム、一貫したデータ復旧訓練、そしてすべての関係者が参加する統合サイバーシミュレーションなどが挙げられる。
5. 財務の柔軟性とは、防御と機会の両方のためのリソースを維持するためのものである。組織はバリューチェーンの依存関係を理解し、状況の変化に応じて迅速に対応できるよう、準備金を確保しておく必要がある。このアプローチのためには、システムに意図的な「余裕」、つまり将来どのようなビジネスモデルが出現しても迅速な対応を可能にする余剰能力を構築しなければならない。
6. ステークホルダーとのコミュニケーションと信頼関係は、危機が発生するずっと前から確立しておく必要がある。レジリエンスの高い組織は、安定期にステークホルダーのマッピングと関係構築に投資し、あらゆるシナリオにおいて信頼を維持できる明確なエスカレーション・通知・報告プロセスを構築しておく。
レジリエンスのためには、4つの世界のシナリオを超越する基盤に重点を置くことも必要である。市場が細分化・分断化・持続化・加速化のいずれであるにせよ、顧客は常に高品質な製品、競争力のある価値、そして信頼性の高いサービス提供を求めている。投資を基盤として、それらを中心にシナリオの柔軟性を構築することで、組織は不確実な未来に向けて安定した基盤を築くことができる。
レジリエンスへの必須事項
リスク管理担当者は、既知のリスクから組織を守るという立場から、あらゆる将来においても成功するための組織能力を構築するレジリエンス設計者へと転換しなければならない。この変革には、シングル・ポイント・プランニングによる安易な予測可能性を捨て去り、不確実性を競争優位性として受け入れるフレームワークを採用することが必要だ。
効果的なリスク管理機能は、スポーツカーのブレーキのような役割を果たす。車両の速度を落とすのではなく、自信を持ってより速く走れるようにするためのものだ。複数のシナリオに対して取り組みをプレッシャーテストすることで、リスク担当者は脆弱な前提を特定し、様々な将来の状況に耐えうる堅牢な代替案を構築することができる。このアプローチでは、リスク管理を後付けで考えるのではなく、シナリオプランニングプロセスに直接統合する必要がある。
求められることは明確だ。組織は、シナリオプランニングに、単純なベストケースとワーストケースの思考にとどまらず、多様な視点を組み込む必要があるのだ。主要なステークホルダーの視点を取り入れ、各シナリオが自社のビジネスにどのような意味を持つかを包括的に理解し、どのような未来が訪れても繁栄できる構造的なレジリエンスを構築する必要がある。成功する組織とは、複数の未来に同時に備え、不確実性を解決すべき問題ではなく、常に乗り越えるべき「新たな常態」として捉える組織のことである。
トピック
新興リスク、エンタープライズリスクマネジメント、戦略リスク、マネジメント、サプライチェーン、テクノロジー
注意事項:この記事は “How Risk Professionals Can Navigate Four Potential Business Futures,” Ric Opal | RIMS Risk Management Site October 28, 2025, Risk Management Site:( https://www.rmmagazine.com/articles/article/2025/10/28/how-risk-professionals-can-navigate-four-potential-business-futures)をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。
リック・オパールは、BDOのサイバーおよびITソリューション部門のセグメントリーダー。
鈴木英夫はRIMS日本支部主席研究員。
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トピック:
新興リスク、保険、リスク管理
注意事項:この記事は、” Reverse Discrimination Claims on the Rise,” Chris Zanchelli , Jim Baffa | July 29, 2025, Risk Management Site,(https://www.rmmagazine.com/articles/article/2025/07/29/reverse-discrimination-claims-on-the-rise)をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。
クリス・ザンチェッリは、バークレー・セレクト社の個人および非営利団体向けD&O、EPL、および受託者向け商品群の責任者。
ジム・バッファは、バークレー・セレクト社の保険金請求担当アシスタントバイスプレジデント。
鈴木英夫はRIMS日本支部主席研究員。
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