Risk Management
【Web特別版】
8月号

- アメリカ海洋大気庁のデータの喪失が保険と災害モデルに及ぼす影響
アメリカ海洋大気庁のデータの喪失が保険と災害モデルに及ぼす影響
スコット・ポピレック(訳:鈴木英夫)[*]
アメリカ海洋大気庁(NOAA)が最大19の嵐(最大5つの大型ハリケーンを含む)を予測している今年は、組織が最悪の事態に備えるために、データモデリングがこれまで以上に重要となる。実は重要なリソースが危険にさらされたり、完全に失われたりする可能性もあるのだ。
最近のアメリカ海洋大気庁(NOAA)への資金と人員削減を受け、NOAAと保険業界は、多くの人が長年頼りにしてきた気候・気象情報データベースの廃止の可能性に頭を悩ませており、保険会社・ブローカーそして災害モデル作成者にとって極めて重要な局面を迎えている。
この予算削減は、非常に微妙な時期に行われた。NOAAの最新の季節予測によると、2025年大西洋ハリケーンシーズンは、平年より悪化する確率が60%だ。NOAAは今年、特定の嵐が13~19個発生すると予想しており、そのうち6~10個がハリケーンに、最大5個がカテゴリー3以上の強度に達する可能性があるとしている。
近年嵐の増加と、より強力で急速に発達する低気圧が見られ、24時間以内に大型ハリケーンへと発展することも起きている。かつてはこうしたパターンを理解し、備えることを可能にしていたデータ(と予算)の削減は、まさに最もリスクの高い嵐のシーズンが目前に迫っているという状況、そしてより広い意味で、気候がより動的で予測困難になっているという状況の中で行われている。
この削減は、沿岸部やハリケーン発生地域への脅威を増大させるだけではない。内陸部の洪水・山火事・雹・凍結といった事象の頻度と深刻度が増している。NOAAのデータセットは、こうした変化を明らかにし、予測するのに役立ち、地域のゾーニング政策から全国的な再保険料率まで、あらゆるものを導き出してきたのだ。
予測の基盤
NOAAは数十年にわたり、無料で公平かつ科学的に厳密な環境データを提供してきた。大学・気候研究者・緊急事態管理者、さらには地元のニュース局でさえ、業務を遂行するためにNOAAのデータに依存している。GPSと同様に、NOAAは学術研究からリアルタイムの嵐追跡まで、あらゆるものを支える基盤インフラなのだ。保険業界にとっては、NOAAのデータが、組織が気候関連のリスク評価に活用するリスクモデルや実用的なリスク管理必要事項、そして長期予測の基盤となっている。
NOAAが保険業界に提供する前提は、そのデータの幅広さと信頼性にある。NOAAは、民間企業では再現できない情報源から、リアルタイム情報と過去の情報を収集している。例えば、水温や潮汐を測定する数千の海洋ブイ、全国に打ち上げられた気象観測気球、レーダーデータ、航空写真評価などである。これらのデータは、保険会社や再保険会社がリスクの評価、資本要件の設定、損失傾向の予測に用いる災害モデルに反映されている。
NOAAによる数十億ドル規模の気象事象の追跡も同様に重要だ。これらの集約されたデータセットは、災害が発生した場所と時刻を示し、損失を定量化している。保険ブローカーはこれらの知見を活用し、特定の市場が硬直化している理由、保険料が上昇している理由、そして気候パターンの変化が沿岸部と内陸部のリスクプロファイルにどのような変化をもたらしているかについて、企業その他の組織に伝えている。
これらのツールがなければ、保険会社は短期的な異常と新たなトレンドを区別することが困難になり、知見ではなく不確実性に基づいた、より保守的な引受や価格設定につながる可能性もあるのだ。
公開データが得られなくなる場合
NOAAの包括的なデータセットへのアクセスが失われると、ドミノ効果を引き起こし、業界が壊滅的リスクを正確にモデル化し、価格設定する能力が弱まることになりかねない。その結果、顧客を危険にさらし、顧客が保険適用外となる保険不足や、保険料がカバーされていない領域に課される保険過剰につながる可能性も高まる。
さらに、公開データから独自の情報源への移行は、業界全体のコスト上昇につながりかねない。民間データプロバイダーは高額な料金を請求することが多く、特定の商業用途向けにデータを再編成するため、NOAAの生のデータセットをベースに既に構築されている広範なモデリングシステムへの統合が困難になってくる。一部の民間企業は優れた成果を上げているが、これらの代替情報源の継続性・透明性・科学的厳密性については依然として疑問が残る。
その結果、精度を基盤とする業界において不確実性が高まり、既に歴史的な気象損失に見舞われている市場において、潜在的な不安定性が増す恐れが高い。
今すぐ取るべきステップ
NOAAによる削減の影響は時間とともに明らかになるであろうが、不確実なデータ環境においてレジリエンスを確保するために、企業のリスク管理者が今すぐ実行できる具体的なステップを以下に示す:
- (保険会社や代理店などの)パートナーに、リスクモデルの根拠となるデータについて尋ねよう。保険の提案・CAT*モデルまたは不動産リスク評価をレビューする際には、透明性を求めよう。これらのモデルはどのようなデータソースに基づいているのか?保険会社またはブローカーが単一の情報源に大きく依存していたり、その前提を説明できない場合は、貴社のリスクを過小評価している可能性がある。
(*訳者注:「CATモデル」とは、「Catastrophe model」の略で、自然災害などの大規模な災害が引き起こすであろう潜在的な損害を推定するための、コンピューターによるシミュレーションモデルのこと。) - 多様なモデリング情報を求めよう。新規の保険購入または更新の依頼においては、複数の情報源に基づくデータアプローチの利用を推めたい。衛星データや地域の気象観測所のアーカイブからの多様な情報は、特にNOAAの役割が変化する中で、予測における盲点を軽減するのに役立つ。
- 保険の構成と事業継続計画のストレステストを実施しょう。モデリングの確実性が低下する中、最悪のシナリオを再検討しょう。貴社の保険プログラムは、カテゴリー4の暴風雨や急激な洪水をどのように担保しているか?貴社の事業継続計画は、かつては100年に1度の災害であったものが、5年に1度発生する事態に耐えられるであろうか?
- 業界での対話や提案活動に積極的に参加しょう。信頼性の高い公開気候データへの継続的なアクセスを推進する団体や連合に参加しょう。
今後、気候データは金融制度の監視や規制枠組みと同様に重要な中核インフラとして認識される必要がある。気候変動の加速と損失の深刻化が進む未来において、信頼性の高いリアルタイムの環境データへのアクセスは、リスクを効果的に管理するために不可欠なのだ。
トピック:
CATモデル、気候変動、災害対策、保険、自然災害、リスク評価、リスク管理、NOAA
注意事項:この記事は、“What the Loss of NOAA’s Data Means for Insurance and Catastrophe Modeling,” Scott Popilek | July 15, 2025, Risk Management Site,
(https://www.rmmagazine.com/articles/article/2025/07/15/what-the-loss-of-noaa-s-data-means-for-insurance-and-catastrophe-modeling)
をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。
スコット・ポピレックは、リスク・ストラテジーズ・カンパニーのマネージング・ディレクター。
鈴木英夫はRIMS日本支部主席研究員。
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