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吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

【Web版】『Risk Management』25年8月号
2025-08-04

Risk Management

【Web特別版】

8月号

2025年7月-8月号Web特別版
INDEX

アメリカ海洋大気庁のデータの喪失が保険と災害モデルに及ぼす影響

スコット・ポピレック(訳:鈴木英夫)[*]


 アメリカ海洋大気庁(NOAA)が最大19の嵐(最大5つの大型ハリケーンを含む)を予測している今年は、組織が最悪の事態に備えるために、データモデリングがこれまで以上に重要となる。実は重要なリソースが危険にさらされたり、完全に失われたりする可能性もあるのだ。

 最近のアメリカ海洋大気庁(NOAA)への資金と人員削減を受け、NOAAと保険業界は、多くの人が長年頼りにしてきた気候・気象情報データベースの廃止の可能性に頭を悩ませており、保険会社・ブローカーそして災害モデル作成者にとって極めて重要な局面を迎えている

 この予算削減は、非常に微妙な時期に行われた。NOAAの最新の季節予測によると、2025年大西洋ハリケーンシーズンは、平年より悪化する確率が60%だ。NOAAは今年、特定の嵐が13~19個発生すると予想しており、そのうち6~10個がハリケーンに、最大5個がカテゴリー3以上の強度に達する可能性があるとしている。

 近年嵐の増加と、より強力で急速に発達する低気圧が見られ、24時間以内に大型ハリケーンへと発展することも起きている。かつてはこうしたパターンを理解し、備えることを可能にしていたデータ(と予算)の削減は、まさに最もリスクの高い嵐のシーズンが目前に迫っているという状況、そしてより広い意味で、気候がより動的で予測困難になっているという状況の中で行われている。

 この削減は、沿岸部やハリケーン発生地域への脅威を増大させるだけではない。内陸部の洪水・山火事・雹・凍結といった事象の頻度と深刻度が増している。NOAAのデータセットは、こうした変化を明らかにし、予測するのに役立ち、地域のゾーニング政策から全国的な再保険料率まで、あらゆるものを導き出してきたのだ。

予測の基盤

 NOAAは数十年にわたり、無料で公平かつ科学的に厳密な環境データを提供してきた。大学・気候研究者・緊急事態管理者、さらには地元のニュース局でさえ、業務を遂行するためにNOAAのデータに依存している。GPSと同様に、NOAAは学術研究からリアルタイムの嵐追跡まで、あらゆるものを支える基盤インフラなのだ。保険業界にとっては、NOAAのデータが、組織が気候関連のリスク評価に活用するリスクモデルや実用的なリスク管理必要事項、そして長期予測の基盤となっている。

 NOAAが保険業界に提供する前提は、そのデータの幅広さと信頼性にある。NOAAは、民間企業では再現できない情報源から、リアルタイム情報と過去の情報を収集している。例えば、水温や潮汐を測定する数千の海洋ブイ、全国に打ち上げられた気象観測気球、レーダーデータ、航空写真評価などである。これらのデータは、保険会社や再保険会社がリスクの評価、資本要件の設定、損失傾向の予測に用いる災害モデルに反映されている。

 NOAAによる数十億ドル規模の気象事象の追跡も同様に重要だ。これらの集約されたデータセットは、災害が発生した場所と時刻を示し、損失を定量化している。保険ブローカーはこれらの知見を活用し、特定の市場が硬直化している理由、保険料が上昇している理由、そして気候パターンの変化が沿岸部と内陸部のリスクプロファイルにどのような変化をもたらしているかについて、企業その他の組織に伝えている。

 これらのツールがなければ、保険会社は短期的な異常と新たなトレンドを区別することが困難になり、知見ではなく不確実性に基づいた、より保守的な引受や価格設定につながる可能性もあるのだ。

公開データが得られなくなる場合

 NOAAの包括的なデータセットへのアクセスが失われると、ドミノ効果を引き起こし、業界が壊滅的リスクを正確にモデル化し、価格設定する能力が弱まることになりかねない。その結果、顧客を危険にさらし、顧客が保険適用外となる保険不足や、保険料がカバーされていない領域に課される保険過剰につながる可能性も高まる。

 さらに、公開データから独自の情報源への移行は、業界全体のコスト上昇につながりかねない。民間データプロバイダーは高額な料金を請求することが多く、特定の商業用途向けにデータを再編成するため、NOAAの生のデータセットをベースに既に構築されている広範なモデリングシステムへの統合が困難になってくる。一部の民間企業は優れた成果を上げているが、これらの代替情報源の継続性・透明性・科学的厳密性については依然として疑問が残る。

 その結果、精度を基盤とする業界において不確実性が高まり、既に歴史的な気象損失に見舞われている市場において、潜在的な不安定性が増す恐れが高い。

今すぐ取るべきステップ

 NOAAによる削減の影響は時間とともに明らかになるであろうが、不確実なデータ環境においてレジリエンスを確保するために、企業のリスク管理者が今すぐ実行できる具体的なステップを以下に示す:

  • (保険会社や代理店などの)パートナーに、リスクモデルの根拠となるデータについて尋ねよう。保険の提案・CAT*モデルまたは不動産リスク評価をレビューする際には、透明性を求めよう。これらのモデルはどのようなデータソースに基づいているのか?保険会社またはブローカーが単一の情報源に大きく依存していたり、その前提を説明できない場合は、貴社のリスクを過小評価している可能性がある。
    (*訳者注:「CATモデル」とは、「Catastrophe model」の略で、自然災害などの大規模な災害が引き起こすであろう潜在的な損害を推定するための、コンピューターによるシミュレーションモデルのこと。)
  • 多様なモデリング情報を求めよう。新規の保険購入または更新の依頼においては、複数の情報源に基づくデータアプローチの利用を推めたい。衛星データや地域の気象観測所のアーカイブからの多様な情報は、特にNOAAの役割が変化する中で、予測における盲点を軽減するのに役立つ。
  • 保険の構成と事業継続計画のストレステストを実施しょう。モデリングの確実性が低下する中、最悪のシナリオを再検討しょう。貴社の保険プログラムは、カテゴリー4の暴風雨や急激な洪水をどのように担保しているか?貴社の事業継続計画は、かつては100年に1度の災害であったものが、5年に1度発生する事態に耐えられるであろうか?
  • 業界での対話や提案活動に積極的に参加しょう。信頼性の高い公開気候データへの継続的なアクセスを推進する団体や連合に参加しょう。

 今後、気候データは金融制度の監視や規制枠組みと同様に重要な中核インフラとして認識される必要がある。気候変動の加速と損失の深刻化が進む未来において、信頼性の高いリアルタイムの環境データへのアクセスは、リスクを効果的に管理するために不可欠なのだ。

トピック:
CATモデル、気候変動、災害対策、保険、自然災害、リスク評価、リスク管理、NOAA


注意事項:この記事は、“What the Loss of NOAA’s Data Means for Insurance and Catastrophe Modeling,” Scott Popilek | July 15, 2025, Risk Management Site,
(https://www.rmmagazine.com/articles/article/2025/07/15/what-the-loss-of-noaa-s-data-means-for-insurance-and-catastrophe-modeling)
をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。

スコット・ポピレックは、リスク・ストラテジーズ・カンパニーのマネージング・ディレクター。
鈴木英夫はRIMS日本支部主席研究員。

米国で「逆差別」訴訟が急増

クリス・ザンチェッリ、ジム・バッファ(訳:鈴木英夫)[*]


 最近の米国最高裁判所の「Ames v. Ohio Department of Youth Services」の判決において、判事らは、(差別的な扱いを受けたと主張する)多数派グループに属する原告が、「被告が多数派に対して差別的な雇用主であるという主張を裏付ける」追加的な状況を示す必要はないとの見解で一致した。

 この判決や同様の訴訟を受けて、多くの雇用主が「逆差別」(多数派グループのメンバーに対する差別)を主張する雇用慣行責任(EPL)訴訟を受けることになりそうだ。これは、法的には新しいものではないものの、変化する社会意識や規制当局の監視を反映した、微妙なリスクを雇用主にもたらす。
(*訳者注:米国の雇用慣行責任(EPL)とは、企業が従業員や求職者に対して負う、雇用に関する法的責任全般を指す言葉。関係する法律は、公民権法、雇用における年齢差別禁止法、米国障害者法、公正労働基準法、家族医療休暇法などである。)

 前述エイムズ事件の原告は普通の女性で、差別を受け、同性愛者の同僚に昇進の機会を奪われ、降格されて別の同性愛者の同僚に交代させられたと主張していた。最高裁判所の判決は、雇用主が多数派に対して差別行為を行っていることを示すという追加立証を不要としたことで、逆差別を主張する原告が立証しやすくなった。

 このような訴訟が増加する可能性は、連邦政府レベルでの最近の政策、すなわち多様性・公平性・包摂性(DEI)イニシアチブの撤回にも一部起因している。連邦政府の請負業者に対する積極的差別是正措置(affirmative action policies)の廃止により、これまで保護されていなかった階層の人々が訴訟を起こす力を後押しした。つまり、強力なDEIポリシーを有する雇用主であっても、これまで優遇されてきた階層の個人から不当な扱いの申し立てを受ける可能性があるということだ。

 さらに、一つの逆差別訴訟が集団訴訟に発展する可能性が高まっている。法律事務所デュアン・モリスの「Class Action Review—2025」によると、2023年の米国最高裁判所による「Students for Fair Admission v. President and Fellows of Harvard College」の判決を受け、昨年はDEIプログラムにおける逆差別を主張する訴訟件数が大幅に増加している。

逆差別訴訟はどのように発生したか

 逆差別訴訟は、突き詰めれば従来の差別訴訟と同じである。差別法は直接変更されていないが、認識や社会風潮に明確な変化が見られ、その結果意識が高まり、個人がこの種の訴訟を起こす意欲が高まったのである。

 逆差別の典型的なシナリオは、採用や昇進の決定に関わるものだ。例えば、優秀な白人男性の候補者が昇進に選ばれなかった場合、能力ではなく「DEIの目的に基づいて選ばれた候補者への配慮が優先されたためだ」との主張を受ける可能性がある

 別のシナリオとしては、人種や性別によって異なる懲戒処分を受けたとの受け止め方が挙げられる。例えば、長年勤続した従業員が、不快なジョークを理由に懲戒処分を受け、最終的に解雇された場合、人種・性別・宗教・性的指向が異なる人であれば同様の結果にはならなかっただろうと主張し、逆差別を主張する可能性があるのだ。

雇用主のためのリスク管理ベストプラクティス

 逆差別訴訟は、従来の差別訴訟と同様の手続きパターンに従い、保護対象の属性に直接関連する不利益な雇用行為の証明を必要とする。しかしながら、リスク管理においては独特の課題が生じることもある。

 雇用主は今日では、DEIポリシーがあっても逆になくても同様に厳しい精査を受けている。強力なDEIポリシーは「組織的差別」の証拠と解釈される可能性もあり、逆にポリシーが存在しないことは、差別問題に対する怠慢または無関心を示唆する可能性もある。これは、人事・法務・リスク管理の担当者を困難な立場に置くので、文書化が非常に大事になる。

 雇用主は、パフォーマンスに関する問題・雇用決定、そしてその根拠を、人種などではなく(事業に対する)貢献に基づいて一貫して明確に文書化する必要がある。こうした文書には、従業員との面談中に作成されたメモや、定期的な書面による業績評価などが含まれる。

 逆差別訴訟に関連するリスクを軽減するために、雇用主が講じることができる重要な対策をいくつか紹介する:

  • 法律家などの専門家への相談:社内外の弁護士やリスクマネジャーと定期的に連携し、雇用差別を禁止する連邦法「タイトル7(the federal law that prohibits employment discrimination)」や同様の州法の解釈や法改正の動向を把握しょう。
  • 文書管理の徹底:管理職や人事担当者が犯す最も一般的なミスは、文書管理が不十分なことだ。雇用主は、雇用に関する決定理由を明確に説明することで、後の課題に備えることができる。すべての雇用に関する決定は、十分な文書化を行い、正当な事業上の理由によって実施され、訴訟請求のリスクを軽減するための企業方針に準拠している必要がある。
  • ポリシーと研修の見直し:管理職や経営幹部がデリケートな雇用問題を効果的に処理できるよう、企業方針を定期的に更新し、DEI(雇用機会均等)研修を実施しょう。
  • 保険金請求処理戦略の実施:機密保持、報復措置の回避、クレームを受けた後速やかに保険会社への通知を行うこと。

 さらに、従業員からの差別に関する苦情や申し立てを受けて雇用上の措置を講じる際には、雇用主は慎重に行動する必要がある。シフトスケジュールの変更、部署の異動、職務の変更など、一見些細な変更であっても報復と解釈されれば、賠償請求の防御を難しくし、責任が増大する可能性があるのだ。

EPL保険の役割

 EPL保険*は、契約条件に基づき通常、差別・不当解雇・セクハラ・報復・名誉毀損・プライバシー侵害・昇進の不履行、その他様々な雇用関連問題に関する請求を補償する。EPL保険には通常、訴訟費用・和解金・判決費用も対象としており、雇用主が訴訟および関連費用に経済的に備えられることになる。
(*訳者注:我が国でEPL保険は、業務災害補償保険や労働災害総合保険(政府労災の上乗せ)に雇用慣行賠償責任特約として販売されている。)

 雇用法の複雑化と職場訴訟の増加を考えると、EPL保険の加入は企業のリスク管理戦略において不可欠な要素となり得る。複雑な請求に直面している雇用主は、EPL保険に加入することで、経済的保護、リスク管理のためのリソース、そして法的サポートを受けることができる。

変化する状況への対応

 近年の逆差別訴訟の勝訴例が注目を集める中、雇用主は公平性と成果主義の意思決定のバランスを取ることの重要性を再認識する必要がある。積極的なリスク管理、一貫した文書化、雇用関連の法整備への対応は、これまで以上に重要になる。クレーム管理と積極的なポリシー策定は、今後さらに重要になる。

 雇用主は、逆差別問題に対処する際に、弁護士に加えて、保険会社を外部アドバイザーとして活用することができる。保険会社によっては、複雑なクレームへの対応、変化する規制の解釈、効果的なリスク管理戦略の実施を支援するために、専門的な法的専門知識とリソースを提供している場合もある。こうした外部のリスク管理リソースを活用することで、企業は保険契約の価値を最大化し、より効果的にリスクを管理できるようになる。

トピック:
新興リスク、保険、リスク管理


注意事項:この記事は、” Reverse Discrimination Claims on the Rise,” Chris Zanchelli , Jim Baffa | July 29, 2025, Risk Management Site,(https://www.rmmagazine.com/articles/article/2025/07/29/reverse-discrimination-claims-on-the-rise)をRIMS日本支部が翻訳したものです。原文と和訳に相違があるときには、原文を優先します。

クリス・ザンチェッリは、バークレー・セレクト社の個人および非営利団体向けD&O、EPL、および受託者向け商品群の責任者。
ジム・バッファは、バークレー・セレクト社の保険金請求担当アシスタントバイスプレジデント。
鈴木英夫はRIMS日本支部主席研究員。

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